僕の父は5児を抱えた学生であった。長男の僕は、いろいろ我慢することを強いられた。12年間使われた「おさがりランドセル」を使っていたことは、以前の記事で書いた通りである。
鉛筆や消しゴムは、不揃いでかき集めたものだった。書き初めの授業では、友達の余った墨液を回収し、自分の墨液を増やしていた。
学校が嫌いだった僕だが、給食に関してはハングリーだった。僕は給食のために学校に通っていたと言っても過言ではない。
担任の先生によって給食のおかわりのルールは変わるが、基本的には完食したものから、おかわりする権利が与えられる。
競争というのは、ルールに沿って最適化することが重要である。おかわりがしたければ、人よりも早く完食することが求められていた。
「いただきます」と同時にバトルが始まる。
運動部のお腹が空いたライバルが2、3名いるからだ。
まず時計に目をやり、タイムを確認。会話をして楽しむクラスメイトを横目に、黙って食べる。
パンの日は、牛乳と交互に食べると、口の中でパンが溶け、パサパサのパンを早く食べることができる。
ご飯の日は、味噌汁に入れる。おかゆのようになり、白米をスープのように飲み込むことができるのだ。
熱いものは、冷ますか、最後に食べる。
こうして5分以内で、僕は給食を飲み込んでしまう。
遅い学生がまだ、ご飯を半分も食べ終わらない頃、僕は立ち上がる。
僕の食べる速さに、もう誰も驚かない。
おかわりは、主食、主菜、副菜、すべてをまんべんなく盛る。
2食目も1食目と同じように、素早く飲み込むように食べる。
そしてこの辺りで、クラスでも早食いの上級者が、おかわりに行く。
中級者がおかわりに行く頃、僕は3食目のおかわりをする。
この頃には、おかわりできない副菜や、牛乳など個数が決まっているものがなくなってしまう。
しかし、僕にはアイディアがある。
クラスの中に、好き嫌い、アレルギー、もしくは少食で食べることができない女子がいる。
牛乳を毎回くれるお得意さんもいるから、それで3食目を補充するのだ。
学校給食は1食で830キロカロリーほどあるらしい。
僕の摂取カロリーは、単純に3倍の2490キロカロリーとなる。
約2500キロカロリーをランチで摂取しても、僕はかなり痩せていた。
身長は160cm後半で、柔道では66キロ級に出場していたが、筋肉質ではあるものの、痩せていた。
早食いのライバルには、朝ごはんを食べずに通学し、お腹を空かせておかわりしている者もいたが、僕の中では見下していた。
僕は、朝ごはんをしっかり食べるからだ。多い時には、6枚切りのパンを一袋すべて食べていた。
もちろん、夜もしっかり食べる。
その代わり、母親は肉が嫌いで、野菜と魚が多かった。
つまり、1日3食しっかり食べていたにもかかわらず、学校給食では3人分食べていたことに、変なプライドを持っていた。
文字通りハングリーだった学生時代の僕は、21世紀の日本に生まれ育ちながら、戦後育ちの人に負けないハングリー精神があると思っている。
それは、格闘家となった今でも根底では同じだと思っている。
アマチュア時代、アマチュア修斗という大会では、試合前に計量や防具チェックがあるが、僕は毎回1番最初に並んで計量をクリアしていた。
誰よりも1番に。
ライバルより早く。
今でも、格闘技によって眠っていた競争心を駆り立てられている。
そして競争心では、温室育ちの日本人には負ける気がしない。

