僕は、小学校3年生の12月に、日本に引っ越してきた。
黄色い帽子をかぶり、胸に名札をつけ、集団で登校する日本の小学校のスタイルは、僕にとって新鮮だった。
中でも印象的だったのが、ランドセルだ。
アメリカでは、The North Faceの緑色のリュックをスクールバッグとして使っていた。
日本の小学生が背負う、本革と金属部品でできた艶のあるランドセルは、僕にはとてもかっこよく見えた。
しかし、僕は5人兄弟。親も無職だったため、新品のランドセルを買ってもらえるような余裕はなかった。
僕が使うことになったのは、2人が合わせて12年間使った古いランドセルだった。
12年使われたランドセルは、もはや艶なんてなかった。
表面は乾燥して無数のヒビが入り、黒というより、灰茶色に近かった。
友達が持っている艶のあるランドセルが羨ましかった。
「貧乏だと思われるのが嫌だ」
実際、貧乏だった。
でも、それを人に知られるのが恥ずかしかった。
ある日、僕はランドセルの表面に入った無数のヒビをじっと見つめていた。
今にもボロボロに剥がれ落ちそうな黒い表皮。
爪で引っ掻いてみると、ポロッと黒い表皮が剥がれ、その下から灰茶色の皮が現れた。
その瞬間、悔しさが込み上げてきた。
「なんで俺だけ、こんなランドセルを使わないといけないんだ」
いっそのこと、切り刻んでしまおうか。
半分ヤケになって、僕はハサミを手に取った。
そして、怒りに任せてランドセルをガリガリと傷つけた。
すると、ふと思った。
「どうせ傷つけるなら、自分の名前を彫ってやろう」
「みんなが持っている艶のあるランドセルとは違う、俺だけのランドセルにしてやろう」
僕はハサミを使って、ランドセルに自分の名前を彫った。
ボロボロだったランドセルに、僕だけのデザインが生まれた。
そして翌日。
学校でランドセルを見た友達が言った。
「なにそれ!すげー!」
「かっこいい!」
昨日まで、僕にとっては恥ずかしいだけだったランドセル。
それが一夜にして、みんなの注目を集めるものになった。
なんと、真似をして自分のランドセルに傷をつける友達まで出てきた。
僕は、この体験を通して「ものの価値」について考えるようになった。
世間の常識では、古くてボロボロのランドセルは「価値がないもの」だ。
でも、そこに自分の手を加えた瞬間、それは「世界に一つだけのもの」に変わった。
ランドセルそのものは、何も変わっていない。
変わったのは、僕の見方だった。
この小さな成功体験は、後の僕の人生にも大きな影響を与えた。
「人が価値がないと思っているものでも、見方を変えたり、少し手を加えたりすれば、価値あるものに変えられる」
あのボロボロのランドセルは、僕にそんなことを教えてくれた。
そして僕は、12年間使われたボロのランドセルで「スター」になった。

