僕はカメラが大好きで、毎日持ち歩いている。
学生の頃から、Sonyのコンデジやフィルムカメラ(NIKON FA)で自然を撮影するのが趣味だった。
スチルと動画の二刀流だが、最近のマイブームは、小さなマイクロフォーサーズ機に小さな単焦点レンズをつけて、毎日EDC(Everyday Carry=毎日持ち歩く)することだ。
愛機は、LUMIX GX1+15mm F1.7と、OLYMPUS E-P1+17mm F1.8のセット。
どちらも2010年前後のカメラで、E-P1に至っては、今では17年前のカメラだ。
GX1は液晶が一部映らないし、E-P1は手ブレ補正が効かない。
それでも、他の高性能なカメラよりも出番が多い。
理由は、コンパクトだからだ。
UFOラインでの一枚
10日ほど前、妻とバイク(CB1300ST)に乗って、高知と愛媛の県境にあるUFOラインに行った。
高知に住んで累計8年ほどになるが、初めて訪れる場所へのバイクツーリングということで、期待は大きかった。
須崎市から約2時間。
スマホのナビに導かれ、これまで入ったことのない道へと進んでいく。
曲がりくねった峠道をグングン進むにつれて、標高を上げていることが耳の奥にかかる気圧でわかる。
そして、いつの間にか僕たちは雲の中をバイクで走っていた。
外気温は、真夏日にもかかわらず19度。
Tシャツでは寒すぎた。
冷えた体を温めるため、見晴らしのいい場所でバイクを止める。

標高約1,500mの山は雲の中だ。
熊笹に覆われた高原の一部が、太陽の光を受けて暖かい色に染まっている。
その上空を、ノスリが上昇気流に乗って翼を広げ、ソアリングしていた。
CB1300STのトップケースに入れてあったカメラを取り出す。
ノスリが翼を大きく広げた瞬間、シャッターを押した。

15mm(35mm判換算で30mm)の単焦点レンズ。
望遠レンズではないので、ノスリを大きく写すことはできない。
しかし、それがかえってよかった。
雄大な風景の中にノスリが一羽写り、山肌には光と影が共生している。
写真の右端には、雲が尾根を通り過ぎていく様子も写っている。
僕としては、満足のいく一枚になった。
古いカメラでもいい
2011年に発売されたGX1。
現在の最新カメラと比較すれば、性能差は歴然だ。
だが、僕はそんなGX1が好きなのだ。
中古なら1万円ちょっとで購入できる。
だから、傷や故障をそれほど気にせず、日常でガンガン使える。
スマホのカメラではなく、本物のカメラをあえて持ち歩きたい。
そんな僕にとって、コンパクトなマイクロフォーサーズ規格の小型カメラは、ちょうどいい。GH1の時代から使っている。
それに、「写り」もスマホ以上だと思っている。
もちろん、最近のスマートフォンのカメラ性能は素晴らしい。
それでも、写真を撮るという体験そのものを楽しめるのは、写真を撮ることを目的にデザインされた「カメラ」だと思う。
構図を決めてシャッターを切る。
メカニカルシャッターの反動でカメラからのフィードバックを得られる。
その一連の行為そのものが楽しいのだ。
写真から思い浮かんだ聖書の言葉
家に飾るために、この写真をプリントしてみた。
すると、牧師をしている仕事柄、ある聖書の言葉が頭に浮かんだ。
誰かにプレゼントできるのではないかと思い、プリントした写真にマジックで聖書の言葉を書いた。

「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、わしのように翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。」
― イザヤ書40章31節
僕がコンパクトなミラーレスカメラを毎日持ち歩くのは、シャッターチャンスを逃さないためだ。
画質や性能は、ある程度あればそれでいい。
大切なのは、チャンスが来たときに、それをつかめるように準備しておくこと。
カメラを持っていなければ、あの日のノスリを撮ることはできなかった。
人生も、もしかすると同じなのかもしれない。
いつチャンスが来るかはわからない。
だから、待ち望む。
そして、いつチャンスが来てもいいように、備えておく。
大事なのは、チャンスを待ち望むことだ。

