2025年、「高知発!総合格闘技団体TOPTIER FC」というスローガンを掲げ、TOPTIER Fighting Championshipという格闘技団体を、高知県の地方都市・須崎市を拠点に設立した。
高知から、世界に挑める舞台を作りたかったからだ。
一般的に、格闘技で頂点を目指す選手は、東京などの大都市へ移住し、アルバイトをしながらジムに通い、試合経験を積んでいく。多くの格闘技団体の本部も東京に集中しているからだ。
しかし、僕は別の道を作りたかった。
地方にいながら、本気で世界を目指せる環境を作る。
それがTOPTIER FCの目指すところだ。

まずはアマチュアで経験を積む。Sクラスルールで3勝すればトライアウトに挑戦でき、合格すればプロへ昇格する。
プロになった後は、チャンピオンを目指して国内で公式戦績を積み重ねる。そして、その実績次第では、さらに世界へ挑戦する。
つまり、上京しなければプロになれない、東京に行かなければ世界を目指せないという従来のモデルを変えようとしている。
練習環境も、トップティア須崎本部とトップティア高知支部に整えた。
地方からでも、世界を本気で目指せる。
そんな常識破りの格闘技団体を作ることになった背景には、ある出来事があった。
2020年頃。
僕が格闘技を始めるきっかけとなった神風塾で、当時会長を務めていた元海兵隊員のパトリックが、ある日、僕に言った。
「見せたいものがある」
そう言って連れて行かれたのは、ジムから車で数分の場所にある大きな建物だった。
建物は古びていたが、とても大きかった。閉業した室内プールのような施設だった。
パトリックは、その建物を指差して言った。
「この建物を買って、格闘技大会を開催するのが夢なんだ」
そして、故Mr.神風の話をしてくれた。
神風塾の創始者であるMr.神風は、かつて北谷で、米兵も参加する格闘技大会を開催していたという。
「あの時の熱を、もう一度復活させたいんだ」
僕は当時、まだ一人のアマチュア選手として、プロを目指していた。
大会を作る側ではなく、試合に出る側だった。
それでも、パトリックの夢に心を打たれた。
当時、僕はマミヤプロダクションで照明機材や音響設備を所有していた。
「自分も何か協力できるかもしれない」
そう思った。
そして、この日から僕は、
「格闘技団体を始めるには、どうしたらいいんだろう」
と考えるようになった。
それから3年が経った。
2022年、総合格闘技実業団「トップティア」を立ち上げ、1期生として高橋克典が入団した。
僕たちは、よく昼練でロードワークをしていた。
走りながら須崎市内の空き店舗や、廃業したスーパーなどを見つけると、僕は高橋に物件を見せた。
「いつか、こんな建物を買って、自分たちの格闘技大会を開催するのが夢なんだ」
そんな話をしながら走っていた。
そして僕は、こう続けた。
「インターネット回線一本あれば、世界に配信できる。だったら、田舎からでも世界と対等に戦えるはずだ」
まだ会場もないし、予算もない。
それでも、僕は夢を口にしたとき、その話を聞いていた高橋の目が、輝いていた。
2025年。
その夢は、TOPTIER FCという形になった。
記念すべき旗揚げ大会「TOPTIER001」。
TOPTIERFC史上初の第一試合に出場したのは、高橋克典だった。
あの日、僕は解説席にいた。
高橋はリアネイキッドチョークで一本勝ちを収めた。
高橋が相手のタップを奪った瞬間、僕は解説席からその光景を見ていた。
その瞬間だった。
「本当に始まったんだ」
そう実感した。
2019年にパトリックから聞いた夢。
2022年に高橋へ語った夢。
そして2025年、その夢は現実になった。
夢は、口に出そう。
現状はどうでもいい。夢見る未来を思い描いて、それを人に伝えるのだ。
僕にとってTOPTIER FCは、突然生まれたものではない。
何年も温め続けてきた夢が、ようやく実現したのだ。


